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仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)448号 判決 1957年3月16日

控訴人 佐々木馨

被控訴人 仙台信用金庫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が、仮りに控訴人が被控訴人に対し、損害賠償の責任があるとするも、その賠償額を算定するには斟酌されなければならない事由がある。すなわち、被控訴人名掛丁支所長である遠藤清三郎は、本件小切手の決済をする際、振出人の預金残高がないのに振出人と話合もせず、また控訴人その他の上役と相談もしないで、支払保証の印が押してあることの一事によつて、何ら興信契約もなかつた本件小切手の取引に漫然決済した。もし同人が事前に振出人または上役と打合わせ、本件小切手を不渡りにすれば、もとより過払に至らず損害を未然に防止することができたのであつて、かかる措置に出なかつた右遠藤の過失は重大であつて、被害者である被控訴人の過失にほかならないから、これを斟酌して減額し、控訴人に損害額の四分の一以下で賠償させることが相当である。と原審での主張に附加して述べ、立証として、当審証人宮路来祐、上田孝三、大熊勘次郎の各証言及び原審相被告上田孝三、株式会社上田商店が提出した丙第一号を援用し、被控訴代理人が右上田孝三の証言を援用したほか、すべて原判決摘示事実と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人仙台信用金庫がもと仙台信用組合と称し、控訴人がもと同組合名掛丁支所長の職にあつたこと、控訴人が昭和二四年一月中同支所長の職から同組合本店貯金課長の職に転じたこと、原審相被告上田孝三及び同人が代表取締役をしていた原審相被告株式会社上田商店が各右名掛丁支所に当座預金口座をもつていたことは当事者間に争がない。

支払保証の印が名掛丁支所の印であり、その下に押された丸形の印が同支所長の印であることは当事者間に争なく、原審での被告上田孝三本人尋問の結果(第一、二回)により、その余の部分につき成立を認める甲第一ないし第四号証、成立に争のない乙第三ないし第五号証、原審証人三浦三郎(第一、二回)、遠藤清三郎(第一回ないし第三回)の各証言によると、名掛丁支所は昭和二四年二月二日仙台手形交換所で、加盟銀行から呈示されたいずれも同月一日上田孝三振出、振出地仙台市、支払人名掛丁支所の金額二三〇、〇〇〇円(甲第一号証)、金額一八〇、〇〇〇円(甲第二号証)、金額二五〇、〇〇〇円(甲第三号証)の小切手三通及び株式会社上田商店代表取締役上田孝三振出の金額一八三、〇〇〇円(その他の記載事項は前の小切手に同じ、)小切手一通(甲第四号証)につきそれぞれ決済したこと、当時名掛丁支所に対する上田の当座預金は全然なく、かえつて金二二五、二七八円三三銭の貸越となり、株式会社上田商店の当座預金は、残高金一、五五四円〇三銭にすぎず、その結果名掛丁支所は上田に対し合計金六六〇、〇〇〇円、株式会社上田商店に対し金一八一、四四五円九七銭の過払となつたことが認められる。

被控訴人は、右決済による支払は控訴人が預金残高の範囲内でのみ支払保証をすべき任務にそむき、上田の請を容れ、同人と通謀の上、本件小切手に各支払保証したためであると主張するのでこの点を考えると、前に挙げた各証拠、原審証人畑中佐拾、佐藤幸子、国分信男、門伝昌吾、大場秀左衛門、中目栄作、松田猛、当審証人上田孝三の証言及び原審での控訴人及び被告上田孝三各本人尋問の結果(各第一、二回)の各一部を総合すると、被控訴人金庫(当時組合)は、従来から小切手の支払保証は預金残高の範囲でのみすることがならわしで、何人にも預金残高を超え支払保証をすることを許していなかつたこと、控訴人は昭和一八年ころから名掛丁支所長の職にあつたが、昭和二三年一二月末ころ本店貯金課長に転任の内命を受け、昭和二四年一月二二日ころ後任支所長遠藤清三郎に事務引継を終り、同月二五日から本店の勤務についたこと、控訴人は名掛丁支所在勤中、小切手の表面に「支払保証」の四字を「仙台信用組合名掛丁支所」の一一字で囲んだ支払保証印及び「支所長の印」と刻んだ支所長印を押す方式で、本件にいわゆる支払保証をしてきたこと、支払保証は支所長である控訴人がすることを常例とし、不在その他控訴人がすることができない場合に限り、次長三浦三郎が代つてし、後で控訴人に報告するならわしであつたこと、控訴人は上田を信用し、同人の求めにより昭和二三年一〇-一一月ころから金額の記載のない小切手用紙に前示の方式で支払保証をし、たびたび上田に交付してきたこと、名掛丁支所が昭和二四年一月一一日から同月一七日までの間に、上田の預金として操入れた小切手の番号第四二、四三、四五ないし四九と、本件甲第一号証の番号第四四とが近く、同様に、同月二一日から同月三一日までの間上田の預金として操入れた小切手の番号第一、七二一、一、七二七、一、七二五と本件甲第二号証小切手の番号第一、七二四とが、同月一四日から同月二五日までの間荻原英雄名義口座に操入れた小切手番号第一一、三七四、一、一三七五、一一、三七八、と本件甲第三号証小切手の番号一一、三七七とが、同月一〇日から同月二八日までの間株式会社上田商店名義口座に操入れた小切手の番号第五六、五七と本件甲第四号証小切手の番号第五八とがそれぞれ近い番号であり、したがつて本件小切手に対する支払保証が同月中旬以前にしたと推定される公算が大であること、上田は同年二月二日(本件小切手の振出の翌日)被控訴人金庫に対する弁済の資にあてるため所有株式を処分すると称し、東京方面に旅立つたまま帰らないため、被控訴人金庫で本件小切手につき過払したことが問題となつて、同月一一日ころ控訴人は、被控訴人金庫理事門伝昌吾、同畑中佐拾らから追及され、上田からの依頼により、金額の記載のない小切手用紙に前示方式による支払保証をし、上田に交付した事実を認めるとともに、過払金回収のため翌一二日ころ、みずからの費用で上田の跡を追い東京、大阪方面に行つたが、ついに上田と会うことができずに引返し、さらに同年四月一四日ころ大阪に行き一〇日ほど滞在して、上田に会い、ようやく過払金につき割賦弁済の約諾を得て帰つたこと、被控訴人金庫は、上田が約を違え、割賦弁済の履行をしなかつたため、同人から弁済を得ることが困難であるとみてとり、控訴人に対し、過払金につき賠償を求めるとともに、その支払方法につき確約を迫つた結果、控訴人は所有家屋に低当権を設定し、毎月金三〇、〇〇〇円ずつ割賦弁済することに応諾するかのごとき態度を示したが、これが細目を記載した被控訴人金庫の案による約定書によつては応諾の意思表示をしないで日時を過し、本訴提起後訴訟代理人を通じ右約定書を返還し、賠償について確約をみるに至らなかつたことが認められる。右認定に反する乙第六号証、原審での控訴人、被告上田孝三各本人尋問の結果及び当審証人上田孝三の証言部分は措信し得ない。

以上認定の事実によれば、本件小切手に対する支払保証は、控訴人が名掛丁支所長であつた当時したものと認定することが相当である。

ところで控訴人は、本件小切手にした支払保証は、小切手法所定の支払人の署名を欠き無効であるから、被控訴人金庫係員が有効な支払保証であると誤まつた考から支払をしても、その支払による損害については控訴人が賠償の責に任すべき理由はない旨主張するので、この点につき判断すると、本件小切手に対する支払保証は前示方式によるものであり、支払人である被控訴人金庫代表者の署名ないしは記名もなく、かつ日附の記載を欠き、小切手法上支払保証の要式を満たすとはいえないので、その効力は否定されなければならない。

しかし、前に挙げた証人三浦三郎、遠藤清三郎、畑中佐拾の各証言によると、控訴人は名掛丁支所長として在任中、支払保証は前示方式によるべきものとし、仙台手形交換所や取引銀行に前示支払保証印を届出で、支払保証をしてきたこと、名掛丁支所では、昭和二三年七月から昭和二四年一月までの間に、合計二九〇余通の小切手に対し、前示方式による支払保証をし流通においたのに、その間支払保証の方式または効力につき、取引者間で問題となつたことも、名掛丁支所に問合わせる者もなく、控訴人をはじめ、名掛丁支所係員は当初から一様に有効の支払保証であると信じてあやしまず、かかる支払保証のある小切手については、その決済に当り振出人の預金残高を調査せず安んじて支払をしてきたことが認められるので、小切手法上支払保証の効力は認められないにしても、以上のごとき事実関係のもとにおいては、なお控訴人がした支払保証と、その小切手にもとづいてした決済との間には、原因と結果との関係があり、かつ控訴人がしたが支払保証は、前示のごとく取扱われることを期待予想してしたことがうかゞわれるから、名掛丁支所係員が本件小切手にした支払保証が小切手法上有効であるとの考えのもとに決済しても、これによつて、控訴人がした支払保証と同支所係員のした本件小切手の決済との間の因果関係は中断されることはないといわなければならない。

この点につき、控訴人はさらに、手形交換所で支払のため呈示された本件小切手については、その決済前に振出人の預金残高を取調べ、小切手金額が預金残高を超える場合は商慣習により、小切手にその旨記載したふせんを付し、支払を拒絶すればその損害を防止することができたのに、名掛丁支所長遠藤清三郎、次長三浦三郎らがあえて商慣習にそむいて支払をし、損害を生ぜしめたものであるから、控訴人のした支払保証による損害ということができないと争うので、この点につき考えると、小切手の支払人は法律上小切手金の支払を義務づけられるものではないから、商慣習を引合にするまでもなく、支払保証をしない限り、小切手金の支払をすると否とは支払人の自由であり、支払人が進んで小切手金の支払をした以上、みずからの危険においてしたものといわなければならないが、すでに認定したとおり、名掛丁支所では本件小切手にした支払保証と同じ方式で従来から支払保証をし、同支所係員はこれまでに何人もかかる支払保証の効力がないものとは思い及ばなかつたことであるから、本件小切手についても、振出人らに各預金残高があると否とにかかわらず、名掛丁支所に支払責任があると考えることは当然の成行であつて、また支払保証は預金残高の範囲内でのみすべきものとする取扱例からみても、たとえ決済に当つて係員が振出人の預金残高を調査しなかつたとしても同支所係員に過失の責はないものといわなければならない。また、たとえ、同支所係員が本件小切手にした支払保証が無効であることを知つたとしても、これを理由に支払を拒絶することは、前言をひるがえすに等しく、支払保証の記載によせた善意の一般取引者の期待と信頼を裏切ることとなり、信用を重んずる金融機関として、取引の信義上よくし得るものではなく、支払を拒絶すべきものとする控訴人の主張は、難きを強いるものであり被控訴人金庫に期待し得ないものといわなければならない。

そして、前認定の事実に、原審での被告上田孝三本人尋問の結果(第一、二回)を合わせ考えると、控訴人は本件小切手の振出しにさきだち、上田から依頼されるまま、金額の記載のない小切手用紙四通に前示の方式による支払保証をし、上田に交付したこと及びその小切手用紙を利用し、上田が冒頭認定のとおり金額その他の事項を記載して、振出したことが認められる。この認定に反する原審での控訴人、被告上田孝三の各本人尋問の結果(各第一、二回)及び当審証人上田孝三の証言部分は信用しない。

右認定事実によると、控訴人がいかに上田を信用していたとはいえ、企業家に浮き沈みがあつて、順調である者も、ときとして思わざる経済上の破綻を招き、倒産の憂目をみる事例はまれとしないのであるから、名掛丁支所長である控訴人は、金融機関にたずさわる経済人として、善良なる管理者の注意義務にしたがい、取引者の信用その他に注意して日常の取引事務を遂行しなければならないことは多言を要しないところであつて、その地位からするも、金額の記載のない小切手用紙に支払保証をし交付するときは、相手方がときにより預金額を超える金額を記載し流通におくことを当然に予測し得たものとしなければならない。たとえ控訴人が事実上かかる予測をしなかつたとしても、かかる予測をしなかつたことについては過失があるものといわなければならない。ことに、成立に争のない乙第三、四号証によると、名掛丁支所での上田の昭和二四年一月中の預金の状況は貸越になつていることが多く、株式会社上田商店のそれは、金五〇〇余円ないし金八七、五〇〇余円の残高があつたけれども、ともに昭和二三年当初の取引にくらべて悪化してきたことがうかゞわれるから、一時に四通もの小切手に支払保証を求める上田の態度と相まつて、控訴人は相当の注意を払うべきであつたのである。さらに名掛丁支所と上田並びに株式会社上田商店との間には従来から当座貸越契約もなく(弁論の全趣旨により明らかである。)、担保を供させるなど格別債権を保全する方途を講じたことも全く認め得ないのであつて、控訴人が上田の求めにより本件小切手にした支払保証は無謀というのほかなく、重大な過失を犯したものといわなければならない。

そこで、損害額につき考えると、名掛丁支所が上田及び株式会社上田商店が振出した小切手を決済し、その結果上田に対し合計金六六〇、〇〇〇円、同会社に対し金一八三、〇〇〇円を支払つたこととなつたこと前認定のとおりであるから、被控訴金庫はそれぞれ同額の損害を被つたものといわなければならない。

控訴人は、名掛丁支所係員が、本件小切手を決済する前、振出人または上役と打合わせ、支払拒絶の措置をとらなかつたことは、重大な過失であるから、控訴人の賠償額の算定につき斟酌されなければならない旨主張するが、すでに説示したとおり、名掛丁支所係員が本件小切手の決済前支払拒絶の措置に出なかつたことは、期待し得ないことであつて、過失の責むべきところはないから、右の事実によつて控訴人の賠償額の算定に斟酌すべきではない。

そして、昭和二四年六月二三日上田の振出した本件小切手の支払による損害に対し、金一〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは控訴人のみずから陳述するところであり、また株式会社上田商店が振出した本件小切手の支払による損害に対し、同年二月三日から同月一一日まで数回に金一一一、九〇〇円を支払つたこと原審の確定するところであるから、(この点については、原判決理由を引用する。)控訴人は被控訴人に対し、合計金六三一、一〇〇円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達された翌日であること記録上明らかな昭和二四年四月一六日から完済に至るまで、年五分の割合による損害金の支払義務があるものというべく、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斉藤規矩三 沼尻芳孝 羽染徳次)

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